三好智之

原宿の何でもないアパートで、何の価値もない古着のTシャツを一枚一万円以上で十年間売り続けている男がいる。

もはやこの店のある意味は、ただファッションのためのTシャツを売るということではない。

Tシャツや店、そして自身に対する彼の曲げられない熱い想いに迫る。

 

Q1――「HELLO//TEXAS」を始めたきっかけ・経緯を教えてください。

三好 きっかけとしては、音楽雑誌の編集をやってた時に、『一生モノのアコギを探す』という本を一冊まるごと自分で作ったことがあって。全国各地にあるアコースティック・ギター専門店のオーナーに“あなたにとって一生モノのギターとは?”という質問をして、彼らのギター観を聞くっていう内容で、取材をしながら、ギターっていいと思うと同時に、一国一城のショップ・オーナーってカッコええなあ、自分も何か店をやりたいと考えたのがきっかけかな。それが2005年。そこから、じゃあ自分で何の店ができるかを日々考え始めて、最初はギター・ショップとかライブハウスなんかを考えてたけど、現実問題、資金が無いなと。で、ふと音楽という縛りをはずしたら、“古着”っていうテーマが浮かんだんだよ。もともと自分は大の古着好きで、学生時代からアメリカをひとり旅しまくって、自分で自分の服を買い付けしてた。「古着!これでええやんか」と。

ところが、古着が好きとはいえ、なぜか自分はTシャツしか持ってなくて(笑)。Tシャツだけは数えきれないほど持ってる。その時に初めて、「あれ? なんで自分はTシャツにしか興味がないんだ?」 “Tシャツだけの古着屋”ってコンセプトは面白いかもって思いついて。

つまり、めちゃくちゃ考えた末に行き着いたスタイルというわけじゃなく、脱サラして自分が始められるとしたら、古着専門のTシャツ屋という選択肢しかなかったんだよね。

みんなが思い浮かべる一般的な古着屋で扱われているヴィンテージTシャツっていうのは、ロックバンドの古いTシャツとか、チャンピオンプロダクツ製の古いものとか、価値がつくジャンルっていうのがある程度あるんだけど。そういうのをいかにみんなが求めるものをセレクトできているか、店におけてるかっていうことでその店の価値を決めるっていう流れがずーっとあって。

でもそこだけだと俺は面白くないなと思ってた。何を持ってロックTシャツとは価値があって、同じように古くて珍しいTシャツはいっぱいあるのに、そうじゃないTシャツは全然価値が無いとされるのか。「それ違くねぇか」って思って。で、俺はみんながすでに良いとしてるロックTシャツとかプレミアムな価値がすでに条件化されたもの以外のTシャツに光を当ててそこに価値をつけて発信し始めた、それが2008年。じゃあ何を置いてるかっていうとまあこういうのは基本的にはカードが書いてある、全部。それはこういうTシャツが本来どういう目的で作られたのか、いつどこで何の目的のために誰が作ったのかっていうのを可能な限り調べて、本来Tシャツが存在する理由を書いてるんだよね。でもそれだけだったら別に誰でもできちゃう訳、調べようと思えば。

そうじゃなくて何で俺がここで“かっこいい”と思うのか、なんでわざわざこれを2020年間近の東京で、良いと思って発信しているのか。実はその思いを半分以上書いている。そっちの方が難しい。作られた意味も大事だけど、なぜこれが良いと思うか、自分がどれだけ本気で良いと思っているかっていう思いが正直に伝わるかどうか、そっちの方が全然大事で。まあ、確かに価値がある、需要があって供給するのが店の本来あるべき姿。あるべき姿だけど、需要を作るのも店の為にとって必要なことだから。すでに需要があってそれに向かっちゃうっていうのは、いい時もあるけど俺はやっぱり、需要のなしをありにするっていうのが俺の使命だと思って。ただ需要がないなら、俺が需要を作ると。価値がないなら、俺が価値を見出してやる。そういう意気込みでこの店を初めて、10年経つ。

何を持ってかっこいいのかっていうところで、でもやっぱどうしてもみんな常識的に古いロックバンドのTシャツだったらかっこいいしと思うし、高くて当たり前。チャンピオンプロダクツ製の80sバータグだったら良いよねとか。それはそれでわかるんだけど、そうじゃないかっこよさ、物の見方ってあるよ。それを伝えたくて伝えたくてずーっとやってきて。まあなかなか伝えわらないもどかしさから俺はイライラ世の中に苛立ってそれで随分尖ってきたんだけど、10年やってやっとそういう尖るって心境はもう俺の中で終わって来てて。俺はこれまでバンバン応戦してきたんだよね。殴り返すくらいの感じで。尖って尖って尖って舐めたやつは皆殺しっていうスタイルで、これ本当にそうやってきてて。ドアに今もインスタで検索したら出てくると思うんだけど、入室料12800円って書いてた。Please knock and the door 入室料12800円って書いてた(笑)

―――Tシャツを買う前提で?

三好 そうそう、もう無茶苦茶だよ(笑)完全にヤクザだね、うんだから自分でも言ってたアパレルヤクザだって。

(一同笑)

三好 今はもう毒素を抜いてる状態なんだけど(笑)10年かけて溜め込んだこの毒素を抜くっていうか。毒抜きというか。尖ってる時期もあったけど、でもやっぱそれくらい気合いをいれなきゃ伝わらないくらい俺がやってるこのコンセプトってのが長い30年40年の古着業界に対して喧嘩を売るような行為だったんだよね。それで尖ってそういう風にしてきたのはやっぱり俺で、もうそれが心地いいとすら思ったんだけど(笑)それはもう“間違ってるなあ”とこの歳になって非常に反省してる。だから前はここにきて「見るだけでいいすか」「よくねぇよ馬鹿」みたいなことを怒ってたんだけど、もう全然「ちょまじ金ないですでもちょっと見せてください。ちょっとカード読ませてください。」っていう客がきても「あ、どーぞどーぞ」っていう心境に初めてなってるよ今。店として尖ってきたのは、“尖ってなきゃ突き刺さらない、尖り続けなければ各業界のエッジにいるような連中の心には刺さらない。そのためにはとことん尖らないといけない“と思ったんだけど、それも正しいっちゃ正しいんだ。店として尖ってるのはいいんだよ。コンセプトとして尖ってるっていうのは大事なんだけど。人として尖る必要はなかったなと。それは反省してる。店としては今後も尖ってくと思うよね。尖るというかこういうTシャツにこういう値段をつけて発信するっていう行為自体がもう尖ってるわけだから、それはもう変わらないんだけど。だけど、その尖ってるコンセプトに共感してくれた人たちに対して、尖るのはもう絶対にやめようと。絶対にやめようともう心に誓ってるんだよね。こういうことをメディアでいうのも初めてだけど。

だから今日はもう”懺悔の告白“だよ。申し訳なかったなぁって。

 

Q2――「HELLO//TEXAS」の名前の由来はなんですか?

三好 まず一発で覚えられる名前ね。意味不明だけど、なんかじわっとかっこいい響きがするもの。あと、おもにアメリカのヴィンテージTシャツを扱う店だから、アメリカっていうのが伝わる必要もあるなって考えて。そこで、ポンと浮かんだのが「HELLO//TEXAS」。

ハロー・カリフォルニアとか、ハロー・ニューヨークじゃあ格好良過ぎてダメ。ダサ格好良いがウチのTシャツに共通する魅力だから、店名もダサ格好良くないと。そこで、テキサス。テキサスって州は、良くも悪くも一番アメリカを感じさせるところで、少なくともファッション的にイケてるイメージが2008年の時点ではなかったんだよね。すげえ有名な州なのに、イメージするものといえば、カウボーイとか、キン肉マンのテリーマンとか、オバケのQ太郎に出て来るドロンパとかアホっぽいものばかりで。その一方で、ロックやパンクのルーツである“ブルース”のメッカだったりするんだけど。テキサス…何かええなと。

あと、俺、ヴィム・ベンダースっていう映画監督の『パリ、テキサス』っていう映画が大好きで。あの映画に出て来る風景を撮影しようと、フィルムの一眼レフカメラを持って、実際にテキサス州にあるパリっていう街を訪ねたこともあって、その時の写真は「HELLO//TEXAS」のホームページに掲載してる。まっ、それくらいテキサスには足を運んだわけ。

テキサスっていうのは保守派の象徴みたいな場所で、『イージーライダー』っていうヒッピーカルチャーの金字塔的な映画知ってる? バイクに乗り自由を求める主役のふたりが最後に銃で撃ち殺されるんだけど、その場所もテキサス州っていう設定なんだよ。テキサスは新しいことをしようとする人間に対して厳しいの。

長い日本の古着屋の歴史に、爆弾を打ち込むようなコンセプチュアルな店を開く。しかも、これから冬という11月に。

テキサスとは、いわば保守的な古着界であり、ハローとは、そこに殴り込みをかける俺の挑戦状みたいなもの。

「 HELLO//TEXAS」っていう名前には、こんな風に、いろんな意味が込められてるんだよね。

 

Q3――Tシャツのデザインを選ぶ方法・基準はどのようなものですか?

三好 こういうTシャツは何かっていうと、基本的には非ファッションの目的で作られたTシャツで。こういう非ファッションのなんかのどっかの地方のお土産だったりとか、どっかのマラソン大会の参加Tシャツだったりとか、まあラジオ局のDJが着ているようなTシャツだったりとか、売る目的じゃなかったりするものももちろんある。売る目的にしても、どーでも良いような街のどーでも良いお土産で売ってる。ってことは全然ファッションに疎い人たちが買うわけだよね。

でも、そういうものの中にすげーかっこいいのが実はあるわけ。そーいうものを俺は、「これただのお土産なのにむちゃくちゃかっこよくねぇか」っていうのを見つけて、自分で価値をつける。 見た目がかっこいいっていうのはもちろんだけど、それよりも“ピュア”かどうか。やっぱりね、優しい。こういうTシャツは全部優しいんだよ。なんかピュアなんだよね、全部。作られた目的が。ピュアだからこういうTシャツ作っちゃうんだよ。売れるわけないのに作っちゃうわけじゃん?作る必要ないじゃんこんなの。どう考えたって。だって、それぞれすげぇ気合い入れてグラフィック描いてあるけど、これだって小学校の体操服でしょ?小学校の体操服なんだよ。エレメンタリースクールのね。小学校の体操服でこんなグラフィック描く必要ないじゃん(笑)でも描いちゃうんだよね、描きたいから描いてんだよ。デザイナーのピュアな思いだけが詰まってる。だからグラフィックがかっこいいかどうかっていうのはその世の中の人たちの判断というか世の中の気分で変わるんだけど、「これを描きたい」っていうピュアな思いが俺はかっこいいと思うんだよね。

だから、かっこいい音楽とか、かっこいい服とかそういうのは時代によって変わるけど、かっこいい考え方とか、かっこいい思いっていうのは1000年経っても色褪せないよ。俺は表面上見えるグラフィックがかっこいいかどうかよりも「わ、これ作られた目的とこの仕上がりがすごくピュアだな」とダサかろうがなんだろうが“ピュアだな”と思うものをセレクトしてて。ピュアなものはかっこいい絶対買う。ピュアなものをかっこいいに変えるにはやっぱりしかるべき人間がしかるべき言葉で届けないと伝わらない。ピュアなものはカッコいいものに変わる。生地感とか、インクの質だとか、細かいポイントは数えきれないほどあるけど、まずはピュアかどうか。何をもってピュアか。そこの判断にバイヤーの美意識とセンスが出る。

学生さんにも、いわゆる無地Tシャツが流行ったりなんだりしてたじゃん?ノームコアだとかで。あれはどういう事かっていうとある程度スティーブ・ジョブズとかもそうだけど、なんかしら極まってくると服で自分を主張する必要がなくなってくるんだよね。でも学生とかこれからファッションで自分自身を、気持ちを上げたいって人が無地を着るってのはそれは“試合放棄”するのと同じで。もちろん無地は無地でいいんだけどそればっかりってのはどうだろ。全くナンセンスなTシャツを選ぶ、自分とは縁もゆかりもないTシャツを選ぶんだけど、「なんかいいな」と思うグラフィックTシャツがあったとすれば、その思いにはなんかしらの理由があるんだよ。今まで聴いてきた音楽とか、なんかしらとの繋がりが。

例えばこれは、なんのTシャツかっていうとカジノのスロットマシーン。ラスベガスとかにあるギャンブルのスロットマシーンのTシャツなんだよ。そのギャンブルが出来るホテルのお土産Tシャツなんだけど。このグラフィックTシャツを見て、これかっこいいって思う人、この硬い生地感でこのグラフィックで、このサイズ感。俺の世代だとこれカッコ良く着るの難しんだけど、若い子とかそれこそ20歳くらいでこれかっこいいって言う奴は、ステューシーとかヒップホップとかそういう流れを組んでたりするとこれはなんとなくリンクするわけ。この生地感とシェイプとこの感じ。なんかステューシーとかシュプリームとかそういうストリート系のああいうノリが好きな人からすると、あれなんかいいかもってあったりするんだよね。

 

やっぱ世代によってかっこいいってものが違って、俺の世代だとこのTシャツは着ない。俺の世代だと、俺今43なんだけど、43歳の人間がかっこいいと思うものは、自分が小学校とか中学校の時になんとなく着てたTシャツ。ファッションに目覚める前になんか着てたTシャツがファッショに目覚めた時、「あれ?あん時俺が着てたTシャツあん時おじさんが着てたTシャツって、ファッション的にかっこよくね?」って気付いた時にやっぱりヴィンテージって面白くて。やっぱ自分がかっこいいって思うものって70年代80年代のものだったりするんだけど、いま90年代後半世代の子にとって80年代70年代のTシャツって生まれる前でしょ?だから記憶になくて、かっこいいってのがわかるわけはないの。かっこいいと思ってたとしたらそれは受け売りで、もうヴィンテージってかクラシックだよね。俺の世代が30年代40年代の服見てもなんかコスプレの感覚になっちゃうように、年代によってリアルにかっこいいと思うTシャツの世代って違うんだよ。10年経ったら2018年に2000年頭のTシャツってすでにヴィンテージなんだよ。

で、97年〜98年に生まれた子からすれば自分らが10歳いかないときに出来たTシャツでしょ。ファッションに全然目覚める前に出来たTシャツってことになる。でもなんとなく小さいながらに、こういうTシャツを、何かそこらへんの公園で鳩にえさやってるようなおじちゃんとかが着ている風景をどっかで覚えてるの。

それでファッションに目覚めた時に、「あのTシャツもしかしたらカッコいいかもしれない」って思うそういう対象がこれなんだよね、この世代なんだよ。

多分、20歳とかでしょ、ここにいるみんなとか読者は。

幼少期に見てたTシャツっていうのは生地がテロンテロンじゃないんだよ。90年代〜2000年代中期ぐらいのTシャツっていうのは、こういう生地が硬くてデカいのが当たり前だったの。こういうTシャツが多分小さい頃見ていたはず。

で、2006年とか7年くらい前に俺が小さい時見ていたような、古くて、生地が柔らかくて、テロンテロンとした生地がいいよねっていう流れがちょっとずつ出てきて、新品のTシャツもこれを真似し始めたの。だから2003年くらいから2007、8年くらいまでのTシャツっていうのは、無駄に生地が柔らかかったりするの。素で作られた、ファッションを目的とせずにその時代が求めたTシャツのシェイプっていうのはこれなのね。当時の2000年代とか90年代頭は。

で、こういうテロンテロンのTシャツっていうのは、当時これが当たり前だった。Tシャツってこういうものだよって。当時の素直なTシャツ。当時の素直なTシャツをファッションとして見たときに、これ面白くねってなる所にヴィンテージの面白さってあって。

女の子に関して言えば、女の子は基本なんでも似合うというか、厳密に言えば全部似合わない。似合わなすぎて似合うっていうのが女の子のマジックで、男はバツって似合わなきゃ基本的には似合わないんだよね。

女の子は何でも似合うよ。基本何でも似合うというか、似合わなすぎて似合うよ。アンバランスすぎてね。でもまぁバツっと似合うのももちろんあるんだけれど。ロックTシャツが男よりも女子に人気があるのは、着る訳ないっていう前提だから。ロックTシャツをこんな若い女の子達が着る訳ないっていう前提で、でも着ているからアンバランスで可愛くみえるのね。

――ギャップがあっていいですよね。可愛い子とかが着ていると。

三好 うん。男にこういうTシャツ売るってのは超大変なんだよね。バツっと似合うTシャツがなきゃ基本的に無理だからね。あるいは男でも何でも似合っちゃう人もいるけどね。本当のファッショニスタの奴。そういう奴は、希も希だよね。居るんだよ、たまに。ここに来るお客は基本的にそうなんだけどね。

ヴィンテージって言うのは時代と共にアップデートされていかなきゃいけないのに、頭の固い古着屋の人達っていうのは、「ん〜いや、ヴィンテージっていうのは100歩譲っても90年代初期だね。」とか言っちゃう訳よ。いやいやいや、頭固ぇってお前!って言う話だよね。

だから実際にこれからファッションが盛んな20歳の子らって何年生まれよ、98年生まれでやっと20歳じゃんって話。

その子らに90年代初期の、自分らが生まれる前のTシャツをヴィンテージって、それはちょっと無理があるぜ、と。それはヴィンテージだけど、クラシックだよ。やっぱ、ヴィンテージっていうのは常にアップデートしていかなきゃいけない。それはだから俺の使命としてあるね。かと言って古いものも否定しないから、ここは2008年から10年やって、セレクトするTシャツの時代のレンジがすごく広がってるよね。すっごい古いものも相変わらずある。

だから古い分ちょっと高いけど70年代とか80年代初期のTシャツもある。

あくまでもここのTシャツの値段っていうのは俺の値段であって、骨董価値をつけている訳ではない。鑑定士ではないから、俺は。俺はこの値段だと思いますよと、1970年代のTシャツは確かに古くて希少なんだけど、でもファッションとして見たときにあれはあれでいいけど15年前のその辺のTシャツの方が普通に面白いじゃんと思ったら、下手すりゃ2003年くらいのTシャツの方が値段高かったりする。そういう意味ではここはもうヴィンテージショップじゃないのかもしれない。いいと思えば、かっこいいと思えばそれはもう年代は全然問わない。

ファッションって、なんだろうな、さっきも有りを無しにしていくって言ったけど違和感を安定感に変えている所に面白さがあって。違和感を安定感に変えられるっていう奴がファッショニスタだよ。常に安定感を求めに行く人っていう奴はやっぱり後追いだよね。だからTシャツ選ぶときもこれ俺似合うなって、それで買うっていうのもやっぱり大事だけど、もしファッションの世界で駆け上がりたいのであればちょっと似合わないなって、気になるけど似合わないなっていうTシャツをあえて買う。それを自分が似合うようにしていくことによって自分もアップデートされるし、それを着て行くことによって街のカッコいいっていう概念がアップデートされていくんだよ。ここに来て、うちの客はTシャツの話しないよ。ずーっと何か哲学的な話をしていて、帰るときに「じゃあ三好さん、これ買って帰ります。」って。最後の2分くらいで選ぶっていうね。

もう何でもいいんだよ。何でも似合うっていう自信があるから、「 今日は三好さんと何か、マラソン大会の話になったんでマラソン大会のTシャツ買っていきますわ。」とか(笑)

だから違和感を安定感に変えていくっていうことがファッションにとって最重要ポイント。

ファッションだけじゃなくて何でもそうかもしれないね。だから似合うTシャツを着れば良いってもんじゃなくて。ここは変なTシャツばっか売っているけど、変なTシャツばっか売っているのにずっとファッションのエッジっで来たっていうのは、ここでアップデートしたいっていう意欲のある人が来ているからなんだよね。やっぱり違和感を安定感に変えるっていうのはエネルギーがいる。でもそれは面白いよね。面白いけど最初着て“あれ似合わねぇかな”って思うんだけどファッショニスタの人達が言うことは、こうやって合わせていくうちに、「あ、段々似合ってきた。」って言うんだよね。試着して五分後くらいに似合ってくるんだよね、実際。不思議な魔法がかかっているような感覚で、似合ってくる。「あ、似合ってきた、似合ってきた、もう俺のもんっすよね?」みたいな。

で、それは本当にそうなの。最初はあれちょっとデカいかな、ちょっとグラフィック飛ばしすぎかなと思うけど、似合ってくるんだよね。吸い寄せる魔法を持っている奴がやっぱりいて。そういう奴がファッションを更新していく奴だし、そういう奴が時代を変えていくんだよね。だからノームコア、つまり無地Tシャツ着ますっていうのはそれと真逆の行為だ。安定だもん、そりゃ無地なんか着たら似合うに決まってるよ。

まぁそれはそれでいい。けど、基本的にはシンプルに上品にコーディネートしてパッと見たときに変なTシャツ着ていると。そのギャップにその人の奥行きがあるというか、俺は面白いと思う。

良くないのはTシャツは変なのを着て、ズボンからアウターから全部変なのにしちゃうと本当にただのクソダサになっちゃうから。「変な服着てる俺って変でしょ?」って言いたいだけになっちゃうから。それじゃあ良くないけど、変なTシャツを着るときはその分、側は、その上のアウターだとかズボンだとか靴とかそれはちゃんとした方が良いんだよね、変なTシャツ着るからこそ。だから海外のファッショニスタとかうちに来るファッショニスタ見てると、今日無地ですねって思ったらズボン、帽子が変だったりとか、持ってる鞄が変だったりとか何か外してるよね。俺から言わしてみれば、オチを作ってるような。普通にキメキメにしすぎるとカッコ良すぎるからね、照れちゃうんだよね。

どっかで落としておかないと気が済まない。で、全然自分に自信がない奴はオチを作れない。オチを作ると落下死するから。オチを作る奴っていうのはどんなに外すっていうかオチを作ろうが落下死直前に止まれるって分かってるから。だから変なTシャツも着れるし変な帽子も被れるし変な眼鏡もかけられる。ヤバい奴って変な眼鏡かけてる、けどカッコ良かったりするじゃん。

ああいう奴っていうのはどんなにオチを作ろうがどんなに外そうがかっこいい。だから“外しているのと外れているのには大きな違い”があって、外してる奴っていうのは外れないんだよ。これ以上外したら外れている人になっちゃうっていう線引きが分かってるんだよ。分かんないうちは、変な服着ときゃインパクトを与えられると思って変な帽子変な眼鏡変な服ってやるんだけどそうするとやっぱり、“あぁこの人外してる人じゃなくて外れている人なんだな”って。そうなるとやっぱり世の中に対して影響力はないし、やっぱり然るべき人から見たらダセえ奴になっちゃうし。

外してるのと外れているには天と地の差があるよね。でもうちは変なTシャツ置いているけどお客さんはむしろ普通のこういうTシャツを着なそうな人が来ているよね。

だから基本的にぶっ飛ばしたTシャツを着るからこそ、ちゃんと側を固めて外れない、外れている人に見せないようなパワーバランスを調整できるっていうかね。そこは大事だよね。

この子着たら自爆になるなって人にはオススメ出来ないよ。だからそういう人にはやっぱりちょっと大人しめなTシャツを置くし、だからここのTシャツはすごく飛ばしているものからすごく大人しい、ここの店にしては普通すぎるんじゃないですかっていう物もたまに何枚か置いている。でもそれはやっぱり色んなお客さんがいて、ぶっ飛ばしたTシャツばっかり置くっていうのもそれはやっぱり失礼だから、一枚くらい普通に似合うTシャツも必ず置く。

だから、よくここのお客さんは「三好さんはセレクトの幅が広いですね。」「ストライクゾーンが広いですね。」ってよく言われるんだけど、ストライクゾーンが広いって言われるのは合ってるようで間違ってる。

どういうことかっていうとストライクゾーンは狭いんだよ。狭いストライクゾーンを沢山持っている。ストライクゾーンが広いって言ったらボールもストライクって言っちゃってることになっちゃうけど、狭いストライクゾーンを1000個くらい持っている。すごくそれが大事。ストライクゾーンが広いんだと猫も杓子も入れて、この店に訪れた誰かが買うだろうみたいな、そういう意思表示になっちゃう。狭いんだよストライクゾーンは、めちゃくちゃ狭い。それはお客さんには、最初は3つくらいしかストライクゾーンを持っていないんだけど、せっかくなら新しいストライクゾーンを開発して帰ったらどうですか?ってことなんだよね。既にあるストライクゾーンに、よくお客さんに言うのは、「キャッチャーミットは持ってこい。その代わり構えるな。」って言うんだよね。

つまりキャッチャーミットを持って「俺のストライクゾーンはここです!三好さん投げて下さい!」って、それで投げたらそれはお客さん喜ぶだろうけど、それはただの奉仕だよね。

お客さんが望むものを提供しただけであって、多分それは、もう店じゃないよね。それだったらネットでいいわ。やっぱりお店の面白味っていうのは本来、本当に自分が欲しいものと意図しないものと出会って、本来手にしないものを手にするから店としての存在理由があるのであって、俺これ欲しい!でそれ買うんだったらもうネットで買ってくれって話。だからここに来る時には「キャッチャーミットは持ってこい。その代わり構えるな。その日俺がストライクを投げるから。ボールと思うだろ、取ってみ?ボールって思うだろうけど、それ取ったらそれストライクになってくるから。ボールをストライクに出来たらお前多分レベル上がっていくよ」と。

Tシャツも全部バラバラなんだよ。もう、全然違う表情で全然そっぽ向いているんだ。全く違う方向を向いたTシャツなんだけど、時代も国も、全部バラバラなんだけど、三好知之っていうこの猛獣使いでなんか飼い慣らしているというか。俺が「はい、整列!」って言ったら横並びになるというか。

 

Q4――その1つ1つのストライクゾーンをどんどん積み重ねて、貯めていった感じですか?

三好 アメリカで買うときは、これはこうこうこういう理由で作られたから買おうなんて思ってないんだよね。「あ、これなんかかっけぇな」って。そこでタグ見て量産ボディのタグとかだったら買っていくよね。

スクリーンスターズだとかフルーツオブザルームとか量産タグが付いてるっていうのは俺の中では重要で。なぜかと言うと量産タグじゃなくてブランド名のタグが付いてたらそこでファッション目的で作られたと思うから引くわけ。量産ボディのメーカーのタグが付いててグラフィックがカッコよくてなんかしかも日付とか入ってたらそこで絶対買ってくるもん。「なんだろこれ。よう分からんけど買っとこ」で連れて帰って。で、寝かせるよねずっと。この店で「じゃ商品として出そう」ってなった時禊ぎというか、儀式とういか、別れの挨拶というか。「なんで俺お前のこと好きになったんだっけ」ってことでTシャツと語り始める。Tシャツと語って「そうか、そういう理由であの時あの店でお前と俺目があったのか。そうか、ありがとな、さよなら」って原稿で手紙を書いてバンっと貼り付けるのね。手紙を張り付けて売るっていうのはある種の別れの儀式。10年20年俺と一緒に時を過ごしてきて、「で、誰に届ける。」だから自分の娘をどっかに嫁がせるようなもんで。だから本来売りたくないってのはある。

根本的に。寂しいな~っていう。すごく愛しい分、それでお客さん選んできたっていうのもあるのかもしれないけど。やっぱり凄く愛しい分ちゃんと愛を持って愛のある人に届けたいし。あとせっかくアメリカで20年も30年も放浪して、誰にもその理解されないで白い目で見られてゴミ同然でアメリカをぐるぐる回ってたTシャツがなぜか海を渡って東京にあるわけじゃん。俺がわざわざ引っ張ってきたわけじゃん。てことは最後の最後やっぱ日本人も畳で死にたいってようにTシャツだってアメリカで生まれたんだったら本来アメリカで死にたいはずなの。

でもわざわざ歪な形で日本に連れてきた以上はやっぱ最後の最後俺がシンデレラストーリー見せてあげたいというか。安いTシャツを安い値段で安い人に売っちゃうと結局ひと夏着てゴミとして捨てられて終わりでしょ?それはもうTシャツに失礼だし、それだったらアメリカから日本に連れてくるんじゃないよって話だよね。アメリカでグルグル回ってアメリカの人たちが着てそれでどっかに捨てられてた方がまだTシャツにとっちゃいいんじゃねってなる。“連れてきた以上はやっぱりきっちり愛のある人に届けたい。”だから敢えていい値段つけてる。

ポイントは買えない額じゃなくて買わない額をつける。買えない額っていうのは5万とか4万だ。でも12.800円っていう値段設定っていうのは、こういうTシャツにしては高いって皆思うだろうけど、でもこれが「サンローランのTシャツです」とか、「シュプリームの一点もののTシャツです」ってなったら、高えって言わない訳じゃん。12.800円って高いけどファッション好きで原宿来てるやつからすれば無理な値段設定じゃないんだ。だから試してるってのは俺の中である。あえて買えない値段じゃなくて買わない値段設定にしてる。12.800円だったら買えなくはない。勇気いる値段だね。それは大事。だから今後もこれはずっと変わらないと思う。オープンから基本変わらないもん。もうちょっと安いのもあったけど基本平均するとこの値段だったね。カードが付いてるTシャツはうちの“作品”だと思ってるから。

で、カードが付いてない下に並んでるとか風呂場にあるやつは商品ね、完全に。“商品と作品の違い”。だから作品として出してるものの値段はほぼ一緒。なぜなら俺の値段だから。でも「ロックTだとなんで89.000円なんすか」とか「なんで35.000円なんすか」「全然値段にばらつきあるじゃないですか」って言われるけどそりゃそうだよ、俺の作品じゃないもん。商品だもん。「そういうものだよ、そのTシャツは」って話。

一番でもファッション的に面白いのは俺の作品として発信してるやつだよね。本当に1点ものだから。1点ものというか、もちろん1枚しか作られたわけじゃないんだけど、現存してるのはもうほぼ1枚しかないだろうね。1枚しかないTシャツを着るのって勇気いるんだよ。どうしても。いくらカッコよくても仲間がいないからさ。だって特に日本人って限定20枚とか30枚に弱いんだよ。限定1枚って言われると困るんだよね、心理的に。よくマラソン大会とか見てると日本人って普通に走れば独走できるくらいの実力はあっても何か知らんけど先頭集団に収まって走って最後疲れて抜いたりするんだよね。独走するのが怖いんだよ。国民的に。Tシャツも限定1枚のTシャツ着るのって勇気いる。だから限定1枚しかないから買うっていう人はよほど精神的にインディペンディング。で、限定20枚ですってやってやればその集団心理が働くファッションニスタがバンバン来る。おそらく。でもそこは無理だね、なぜなら俺このコンセプトをやる以上1点ものを届けて1点もののTシャツを1点もののお客に届けていくことしか出来ないから。

それは仕様がないと思う。

 

Q5――仕入先の国や、この国・地域のデザインはすごいと思うことはありますか?

三好 おもに北米のTシャツをセレクトしてきたけど、非営利目的だったりお土産だったり、“非ファッション”で作られたTシャツは、いい意味でKYなんだよね。世の中の空気を読まない。我が道を行ってる。そこがむちゃくちゃカッコいい。

 

Q6――今までで三好さんの思う1番のTシャツとの出会い、エピソードはありますか?

三好 これが一番という優越はなくて、全部が一番。優越を付けれるとしたら、それは誰かの物差しを基準にセレクトしてると思う。つまり、いかにレアか、いかに人気があるか。俺はそういうのを全然あてにしないね。自分にとって面白いのか面白くないのか。そこだけを基準に選ぶと、おのずと値段も同じくらいになってくる。Tシャツの値段=自分の値段。値段のバラツキが大きい店は、それだけいろんな人の物差しを参考にしているってことなんだよね。

 

Q7――Tシャツを自分のコレクションとしてだけではなく、世へ送り出そうとした理由はありますか?

三好 まずはサラリーマンを辞めて店をやりたいって思ったのがきっかけだけど(笑)ただ、実際にヴィンテージTシャツのセレクトショップという前代未聞のスタイルで店を続ける中で、“これは売れる売れないじゃなく必要な存在だな、インスタレーションとして東京にあるべきだな…”という使命感みたいなものが生まれた。大衆にはずっと無視されてきたけど、各界のトップの人に支持された。ここにあるTシャツを同じもの探せつったらないけど同じようなものは他にあるわけよ。同じようなものだったら他の古着屋で5000円くらいでどっかにあると思う。だけど、そういうところで「HELLO//TEXAS」ぽいよねこれって買った5000円のTシャツと俺が届けたものはものが違うの。なぜかというと俺が入ってるから。よく「染み込みプリントが欲しいんです」とか、「染み込みプリントがいいんですよね」っていうけど、いやいやいや全部これ俺の魂染み込ん出るからって(笑)

(一同笑)

三好 究極の染み込みプリントだわ。このTシャツは、超染み込んでる。狂気から笑いから色々入ってる。ただインクが染み込んでるだけじゃねぇから。

カードとかもつけっちゃてるし。余計なことやってるわけだから、普通の古着好きからすれば。でもなぜ存在し続けていいるか。その答えがスナックにあるんだよ。

スナックなんかで飲む理由なんかないんだから普通の人は。入りにくい店で気難しいばあさんからたけぇ酒飲むとか。罰ゲーム以上に怖いよな。だいたいドアしまってるからね、スナックってがっつり。

―――確かに、入り口狭くて

三好 中が見えない(笑)客いるかどうかもわかんないからね。メニューもわかんない。すごいよスナックって。スナックって一番身近だけど、一番狂気だよね。かっこいいねスナックってロックなんだよ。スナックのおばちゃんって誰よりもロックなんだよ。うん、ロックなおばさんがいるロックなその、アルコールを飲むっていうのは最高だよね。ここは酒じゃない代わりにTシャツが出てくるから。

―――スナックに行きたくなりました(笑)

三好 スナックはね割とそう身近な話でしたんだけど、ここはまあ、ファッションからアートから俺はもともと音楽雑誌の編集者だし、あと普通に結婚して家庭も持ってることとか、まあ人生経験だけは豊富だから。大概のお題に対しては実体験交えて語れる自信があるよね。尖った先の代償で払わなきゃいけないこととか。まあ色々やっぱ濃い43年だったから。ホンマタカシさんや後智仁さんなんていう、とんでもないクリエイターと一緒に写真集も作った。普通に売れる古着屋を何十年やっても見えない風景を何度も目にしてきた。正直、売れはしないけど、このスタイルで続けていくことの意味が、何十年後かに出るんじゃないかと期待してるね。

 

Q8――これからの野望・どのように展開を進めていくかなどあれば教えてください。

三好 これまでの10年間は、各界のエッジ、トップにいる人を認めさせるために尖り続けてきた。自分の戦略として、“この世界で成功するのはオセロゲームみたいなもん“と思ってて。各界の角と角を落とせば全部ひっくり返るやんかと。売り上げ無視で、ただただ尖り続けるっていう。でも、そういうのは終わり。これからは、「普通のファッション好きに届けたい。優しさを届けなきゃ」って。まあ、うちのTシャツにはこういう優しさだとか怖さだとかお笑い要素だとかいろいろ入ってるんだよね。奥行きがあると思うよ。ただグラフィックかっこいい、着やすいから着るっていうのもあるのは全然否定しないよ。だけどそうじゃなくてもう一歩、二歩、三歩踏み込んで、ただTシャツを買うんじゃなくて人を買うということ。店っていうのは物を買うんじゃなくて人を買うんだっていうのを学びたい人はうちに来てほしいよね。人を買うことによって、自分が何かを発信する側になった時に買ってくれる人が出てくるから。これは間違いなくて、ここでTシャツを買う人っていうのはTシャツをただ買うんじゃなくてやっぱ俺を買ってくれてるんだよね。ここはクリエイターとクリエイターが集まって何かを作るハブと言うか、そういう感じでずっと来たから。なんかそういう人が仮にショップ始めたら俺がその人から買うわけじゃなくて、俺じゃない誰かがまわりまわって「あなたいいですね。」って来るんだよ。そういうものだと思う。

それでこういう俺より若い世代、その世代に伝えていくことがすごく大事で、やっぱ俺がこの店を始めた2008年の段階で、すでにあった店とか、すでにあった業界にいた人間っていうのは、もう絶対俺のことを今後も認めないと思う。認めたくないと思う。俺の店ができた時に認めなかったから。だけど、若い世代、俺がこの店を始める時にまだ小学生とかだった世代からすれば、へぇすごいんじゃないですかって素直に思えるから。その素直に思える世代に伝えていきたいなと思ってるね。

本当に何か世の中を変える、そのミュージシャンだろうがなんだろうが、“いいものは評価されるのに時間がかかるそのメカニズム”についてなんだけど。

それはどういうことかっていうと、まあ世に出て評価されるまでに本当にすごいものは時間がかかるっていうのはわかんなかったものが10年かけてわかるようになるんじゃなくて、わかんなかったやつはわかんないのずっと。ところが、世代が入れ替わるのに時間かかるんだよ。新しいコンセプシャルな物が世に伝わって行くってのに時間がかかるってのは世代が入れ替わるのに時間がかかるってことなんだよ。間違いない。最近、ラーメン屋巡りをやってて気づいたことがあって、大衆に全く理解されてないけどミシュランで星付きの創作料理レストラン。それに対し、ミシュランには縁がないけど地元の人に支持されてる老舗のラーメン屋。どっちが人を幸せにしてるかねって。角と角を落としたら全部ひっくり返る、商売はオセロみたいなもん、ってずっと主張してきた俺だけど、なんかラーメン屋が正しいって今さらながら思って。

“評価される店よりも愛される店”。10年目を境に、これからは後者を目指していきたいと思ってる。

 

 

Q9――読者や今の若者に伝えたいこと、紹介したいものはありますか?

三好 人間の価値ってのは学生だろうが芸能人だろうが総理大臣だろうが一緒だよ。その値段に高いも安いもあるかよ。だから、モデルだから特別扱い、芸能人だから特別扱い、それは良くない。やっぱ学生なら学生にちゃんと届けるようにやりたいし、むしろ学生なのによくこの店来たよね、ありがとねって話だよ。もっと学生の子に来て欲しいなあ。

でも俺は怖えかも知んねーけど、なるべく全部原稿は書いてあるから、適当に読んで試着も、し放題なんでよろしくって感じだよね。ほんとに。前までは入って来たら間髪読む間も無く俺が解説始めるから、せっかく書いたのに読まないんだよね。もしかしたらこれだけ原稿書いてる時点で接客ガタガタやる必要もなんじゃないかなーって思ったりして。見てて興味示してたら、これはこうこうこういうTシャツでって解説いうぐらいの方がいいのかなって思ったりもしてんだけどね。

学生だからまだ人生これからだけど、社会に出るとやばい奴いっぱいいるよ。本当に、俺みたいなやつはあんまりいないけど。うん、そうだね会社に行くと理不尽なこといっぱいある、ムカつくこともいっぱいあるけど、だけど、“感謝の気持ち”を忘れずにっていうかこのきつい状況で“感謝できることはなんだろう”って考えた方がいいね、それ俺思うようにしてる。どんなきついことがあっても、どう考えても頭くる状況でも「頭きてんだけど俺、これで感謝できることって何かな」って考えるんだよね。そうするともう無理やりでも感謝できる理由を探すんだよ。そうやって繰り返すことによってアンガーマネジメントじゃないけど、なんか自分も成長できる。これからは全員笑って返す。

サンマがね、一回昔取材で言ってたのは道を歩いてたら、いきなりファンにけられたんだってバーンって。そしたら普通キレるじゃん。そしたらサンマは「ナイスキック」って言ったらしい。信じられないけど。それは普通に歩いてたら普通けられることなんてないじゃん。でもわざわざいっぱいいる中からサンマを選んで蹴ったってことはサンマからすればそれも一つの感謝なんだよね。「蹴るだけの対象になってるんだ、俺を蹴る対象として選んでくれてる特別視してくれてる」その気持ちだけに感謝サンキューってことだよね。それはなかなか言えない言葉だよ。どうかしてるぜって思うけどでもそれは俺見習わなきゃ行けないと思う。まあそういうの日常生活で今後あるだろうから、頭きた時にこの頭きた状況で感謝できることってなんだろうって考えた方がいい。俺がいうのもなんだけど。全て力で返してた俺がいうのもなんだけど。でも力を怒りで返したその先には怒りしか生まないっていうのを俺はもうこの10年間で本当に骨の髄まで学んだから。絶対に間違ってる。だから怒りを怒りで返したところで、絶対にいいことになんないから、だから、怒りを笑いで返すっていうことをね、まだ20くらいだしこれからできる。やっていいと思うね。

ってことをうちの子にも家に帰って言おう。(笑)

後は、10年目に入ったのを記念に、初めて「HELLO//TEXAS」のお土産Tシャツ(ロゴTシャツ)を作った。全部、自分でハンドプリントしてる真心こもった1枚。6900円と買えない価格じゃないから、「HELLO//TEXAS」に来た記念に1枚持ち帰ってくれたら嬉しいなぁ。

―――変化

三好 俺は、敵しか作って来なかったけど、まあ本来敵なんていねーんだよ。敵なんかいなんだけど、俺の方が敵を作って来た。で、その敵の正体は俺自身だよ。完全に。相手を殺しても殺しても敵が次から次にくる。何故ならその敵の正体は俺だから。俺が俺を許さない限り敵は消えないってね。そういうのを今年になってやっと気付いたっていうか。

なんで気付いたのかって、うちの子思春期になってすげー反抗し始めたんだよね。初めて俺のことを睨みつけてくる。で、先生に対して死ぬほどキレてる。理不尽なこと言う先生に対して殴るくらいの勢いでキレてる。あ、これ俺だなって気付くんだよ。これ完全に俺だなって思う。やっぱ子供は親の背中を見て育つから、これ俺、うちの子怒る権利ないなって気付くんだよね。

店は10年やっていろいろあったけど、それでも全く改心してなかったにも関わらず、こんなに急に改心したってのはうちの子の変化だよね。そこからこれまでの行いとか今までの行き方とか一回毒抜く必要あるなと。うちの子に変われって言うならまず“俺が変わらなきゃダメだな”と。素直なお客さんにきて欲しいなと思うんなら俺が素直になんなきゃいけないなと思った。それはもう、

やっぱり変わる必要はないと思うけど直す必要はあるよ。どんなに良くできた家だろうがどんなに良くできた車だろうが、時間が経てば錆びてくるし、ガタがくる。その都度直しながら、修復しながら、家も残していくし、車も保っていく。人間も同じ。最初はまともだっただろうけど10年もやってれば心に錆もできるし、どっか直さないといけない箇所は出てくるよね。それを直さないで俺は変わらないで行くっていうのはなんか違う。だから直さないのはこのコンセプト。

こういうお土産Tシャツに価値をつけて発信するっていう当初のコンセプト、その尖ったコンセプトは今後変えるつもりは店が存続する限り一切ない。ところが尖ったコンセプトを伝えるためのプロセスで尖るのはやめようと。店として尖りつづけるんだろうけど人として尖るのはもう金輪際やめようと思ってる。うちの子が気づかせてくれたよ。うちの子とは今も日々向き合いながら子供と向き合って、子供の向こうに俺の狂気と向き合ってるから。うちの子の歪みは100%俺の歪みだと思って。子供を諭すのは、自分自身を諭してるよね。